Japanese Music Reviews

歴史の中で消費され、捨てられていく日本の音楽を紹介し、文化として再構築することの一助になれば

【氷室京介】03 Higher Self(1991)

Higher Self(1991)

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氷室京介、3枚目のオリジナルアルバム、Higher Self をご紹介しましょう。「FLOWERS for ALGERNON」、「NEO FASCIO」と続いて3枚目となりますが、まず一聴して感じるのは、サウンドプロダクションの変化でしょうか。1枚目はいかにも80年代的なサウンド、2枚目はバンド演奏ではあるものの非常に硬質でデジタルチックな手触りの音でしたが、本作は、若干こもり気味ではあるものの、楽器の生音に近い手触りの音になっており、90年代的な古さは多少ありつつも、今の耳でもそこまで抵抗なく聞けるのではないでしょうか。

さて、中身の紹介に行きましょう。今回、氷室京介の全アルバムをレビューするためにまず全作品を通して聞いたのですが、その中で、最初に聞いて一番衝撃を受けたのが、このアルバムの1曲目である「CRIME OF LOVE」ですね。サウンド的には、バンドサウンドではありつつも、デペッシュ・モードのような雰囲気を持っており、そこに歌謡曲的なメロディを載せているのが、80年代的(本作は1991年作ではありますが)な哀愁もあって、実に魅力的な曲です。アルバムのリードシングルでもあったのですが、こういった曲をもっと量産してくれたらよかったのに、と思ってしまうくらい素晴らしい1曲ですね。

しかし、CRIME OF LOVEだけじゃなく、ほかの曲も粒ぞろいですね。名曲ぞろいというわけではないのですが、どれもロックしている良曲が詰まっています。シングルの「WILD AT NIGHT」をはじめアップテンポでシンプルなロックナンバーが多いのですが、ロカビリー調の曲もあったりピアノバラードもあったりで、曲のバラエティも豊富です。だけれども全体の統一感は不思議と取れており、アルバム1枚としてもすごく聞きやすいですね。

また、アルバムの構成について言えば、実質的に最後の曲「MOON」が気品のあるバラードで、ほかの「CLIMAX」や「CABARET IN THE HEAVEN」の持つ下世話な感じを、最後にきれいにまとめているのも良いです。氷室京介のバラードは、歌謡曲的なウエットな感じがない曲が多く、ドライな質感が特徴ですが、それが最初にうまくいったのがこの曲ではないかと思います。

そして、「MOON」の次の曲が「Jealousyを眠らせて」。いかにも90年代初頭のシングル曲というアレンジの曲ですが、この曲が「MOON」の後、少し間をあけて始まるところが意外と良い効果を発揮していますね。この曲、他の曲と比べて明らかに浮いているんですが、「MOON」で終わってしまうと、どこかアルバム全体としてキャッチ―さが足りない、何か物足りない感じも同時に残ります。やはり氷室京介というビッグネームのアルバムだから、キャッチ―さというのもどこかで求めてしまうところがあるので、最後にこの曲が来て、全て満足できるみたいな気がします。ただ、だからこそ「Jealousy」で終わってよかったのが、次に「LOVER’S DAY」のインストをもってくる必要はなかったかなとは思いますね。この曲は「Jealousy」のカップリング曲をピアノのインストにしたものですが、「Jealousy」がある意味良い蛇足、みたいな感じで終わらせてくれそうなところを、本当の蛇足がついてきたみたいな余計感があるのは残念なところです。ピアノで終わるようなアルバムではないと思うのですが。

本作は、次のMemories Of Blueの大ヒットと比較して地味な印象を持っている人も多い作品ですが、収録曲のアベレージの高さ、一体感のあるバンドサウンド、シングル曲の存在感、そして、どの曲も氷室京介の声の魅力を存分に発揮しているという点から、もっと高く評価されるべき作品だと思います。前作でも同じようなことを書きましたが、氷室京介にあまり興味がない人にこそ聞いてほしい作品でもあります。聞く人を選ばない、間口の広いアルバムですし、ロック好きなら何か刺さるものがあるのではないでしょうか。