Japanese Music Reviews

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【氷室京介】02 NEO FASCIO(1989)

02 NEO FASCIO(1989)

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今回は氷室京介の2ndアルバム、NEO FASCIOをご紹介します。
NEO FASCIO たぶんネオ・ファッショと読むんだと思いますが、イタリア語で「新しいファシズム」という意味じゃないかと思います。このアルバムは発売当時、氷室京介初のコンセプトアルバムとして紹介されたようですが、そのコンセプトが「ファシズム」ということのようです。このアルバムは1989年にリリースされていますが、何故このタイミングで氷室京介ファシズムをテーマにしたのでしょうか。前作が「アルジャーノンに花束を」に影響を受けているので、今回は村上龍の「愛と幻想のファシズム」に影響を受けたのかな、とか想像してしまいました。

そして本題ですが、この作品、氷室京介の中で最大の異色作ですね。異色作というところは、アルバムジャケットからも感じられると思います。氷室本人が写ってないジャケットはこの作品だけですし、何か禍々しい、異様な雰囲気が漂っています。

ですが、氷室京介という色眼鏡を外して聞いてみれば、本作は、どの曲も個性的なサウンドとメロディを持つ力作だと言えます。シングル曲を除き、どの曲もどこか歪んでいるような、一筋縄では行かない曲ばかりなのですが、それが不思議とクセになりますね。また、アジテーションしているかのような氷室京介の歌い方は、まるで舞台俳優のようでもあり、アルバム全体の雰囲気をうまく演出しています。

コンセプトとされているファシズムについては、歌詞が抽象的なものなので、少し理解が難しいのですが、おおざっぱに言えば、アルバム前半部分でファシズム全体主義)に支配された社会の恐ろしさを描き、後半では、その社会から脱出することを宣言しているような雰囲気がありますね。ただ、コンセプトと言っても、シングルの「SUMMER GAME」や「MISTY」は全く場違いなくらい歌詞の世界観が違うので、たいして厳密なものではありませんが。

ただし、これらシングル曲は浮いていますが、よいアクセントにもなっています。アルバム曲ばかりでは濃密すぎて息が詰まりそうなところに、キャッチ―なメロディの曲が配置されており、意外と通して聞きやすいところも評価できます。また、シングルではありませんが、本作のハイライトである「CALLING」は特筆すべき曲ですね。今の耳で聞くとほとんどGLAYのようにも聞こえますが、それだけ彼らがこのアルバムから影響を受けたのではないでしょうか。数ある氷室京介の歌の中でも、トップ5に入るだろう熱唱です。ぜひ聞いていただきたいと思います。

また、本作の特徴として言われることですが、プレイヤーとして氷室京介佐久間正英そうる透の3名だけで制作されている点も忘れてはいけません。特に佐久間正英はほぼすべての楽器(ドラム以外)を演奏しプロデュースも行っているので、一部では本作は佐久間のアルバムという向きもあるようです。実際、本作にかなり貢献しているのは間違いないでしょうが、作曲とボーカルは当然ながら氷室京介であり、氷室のボーカルが全体を統制していることからも、佐久間正英の作品というのは言い過ぎではないかと思いますね。

本作で見せたような尖ったサウンドや異様な雰囲気は氷室京介の中でも随一のものです。次作以降、良くも悪くもキャッチ―で聞きやすいサウンドが目立っていくため、逆に本作の価値は上がっているのではないかと思います。
氷室京介を「KISS ME」などしか知らないロックファンならば、聞いておいて損のないアルバムですね。